東京高等裁判所 平成10年(行コ)171号 判決 1999年4月12日
長野市大字小柴見二五六番地
控訴人
戸津虎雄
右訴訟代理人弁護士
武田芳彦
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被控訴人
国
右代表者法務大臣
陣内孝雄
右指定代理人
戸谷博子
同
内田健文
同
吉村正志
同
宇田川祐一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 (主位的請求)
被控訴人は、控訴人に対し、七二六万二五〇〇万円及びこれに対する平成七年五月二〇日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
3 (予備的請求)
被控訴人は、控訴人に対し、七二六万二五〇〇万円及びこれに対する平成七年五月二〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
事案の概要は、原判決七頁一行目の「第一三号証」を「第一二号証」に改めるほかは、原判決「事実及び理由」欄中「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
第三証拠
証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠に関する各目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断するが、その理由は、次のように改めるほかは、原判決「事実及び理由」欄中「第三 当裁判所の判断」記載のとおりである。
一 原判決二三頁八行目の「ことは困難である」を「ことには次のような疑問がある」に改める。
二 同二四頁一〇行目の「しまった」を「小池が書き込んでしまったのである」に、同一一行目の「税務署」から同二五頁二行目の「むしろ、」までを「不動産会社の経営者であり、官公庁に出入りする機会も少なくなかったであろうと推測される小池が同年の御用納めの日を誤解したとはにわかには信じ難いところである。」にそれぞれ改める。
三 同三一頁六行目の「認めるのが相当である」を「みるのが自然であるように思われる」に改める。
四 同三一頁七行目の「ひるがえって考察してみるに」を「しかし、他方、平成三年中に事業用の資産を譲渡することが特定事業用資産買換えの特例の適用を受けるための要件とされていたこと、小池はもとより控訴人も、同年が経過する前にそのことを知っていたと認められること(証人小池、控訴人本人、甲八、九、一六、一七)、控訴人は、その陳述書(甲八、一七)において、同年中ならば右特例の適用を受けることができるということが動機となって本件譲渡をすることを決意したという趣旨のことを述べているが、それはあながち不自然なこととは思われないことにかんがみると、乙第七号証の土地売買承諾書の日付について前示のような不審な点があることを考えてもなお、控訴人は平成三年中に一坪当り一三万円の代金額で売り渡すことを承諾し、八紘不動産との間で乙第七号証の土地売買承諾書を取り交わした旨の控訴人本人の供述及びその陳述書(甲八、一七)の記載を信用することができないとして一概に排斥し去ることも躊躇されるところである。もっとも」に、同三二頁二行目から同三行目にかけての「土地承諾書」を「土地売買承諾書」に、同四行目の「そして」から同一〇行目末尾までを「そうすると、仮に控訴人が主張するように乙第七号証の土地売買承諾書が平成三年中に取り交わされたのであったとしても、本件譲渡に係る売買契約は、平成三年中に右土地売買承諾書を取り交わした際に成立したものではなく、平成四年になってから甲第一号証(乙第八号証)の土地売買承諾書を取り交わした際又はこれに基づいて土地売買契約書(甲二)が作成された際に成立したものとみるべきではないかが問題となる。そこで、以下にこの点について検討する。」にそれぞれ改める。
五 同三二頁一一行目から同三三頁三行目までを次のように改める。
7 ところで、乙第七号証は、「土地売買承諾書」という標題の書面で、控訴人を売主、八紘不動産を買主として、本件(一)土地のうち四八二平方メートルを代金一八八五万円(三・三平方メートル当たり一三万円)、手付金三〇〇万円、同書面に定めがない事項については民法の売買に関する規定に従うとの約定で売買することを約定した旨が記載されており、控訴人及び八紘不動産が署名押印又は記名押印をしている。これによれば、この土地売買承諾書には、売買契約の成立に最低限必要な事項についての合意は全て記載されているといえるから、両当事者がこれにより確定的に売買契約を成立させるという意思を有していたと認められる限り、この書面の作成により売買契約が成立したものと認めて差し支えない。しかし、以下の諸点にかんがみると、契約の両当事者である控訴人及び八紘不動産には、必ずしもこの書面の作成により確定的に売買契約を成立させるという意思があったとは認め難いというべきである。
すなわち、第一に、乙第七号証の標題は「土地売買承諾書」とされているうえ、その第二条によれば、後日売買契約書を作成することが予定されていることが明らかである。そして、このように後日売買契約書を作成することが予定されている場合には、その作成の時に確定的に売買契約を成立させるというのが当事者の通常の意思であるとみるのが相当である。因みに、控訴人及び八紘不動産は、前示のとおり、後に代金額を三・三平方メートル当たり一八万円に増額した土地売買承諾書(甲一、乙八)を作成したが、この土地売買承諾書にも、後日売買契約書を作成することを予定した条項があり(第二条)、現に、これに基づいて別途土地売買契約書(甲二)が作成されている。
第二に、乙第七号証の土地売買承諾書は、手付金及び残代金の各支払期日、所有権移転登記の履行期日、当事者の一方が違約した場合の契約の解除や損害賠償に関する事項等の重要な事項について、「民法の売買に関する規定に従う。」としていて、具体的に定めていない。これらの事項は、後日売買契約書を作成する時までに当事者間で協議して定めることが予定されていたものであり、その意味において、右土地売買承諾書を作成した時点では、当事者間に売買契約の内容の全てについて合意が成立していたものではないことになる。因みに、代金額を増額した前記土地売買承諾書(甲一、乙八)に基づいて作成された前記土地売買契約書(甲二)には、これらの事項についての具体的な定めがある。
第三に、売買契約の締結に伴い手付金を授受する場合は、契約の成立と同時に授受するのが通常であるが、本件において手付金の授受がされたのは平成四年二月二五日ころのことであった(このことは前に判示したとおりである。)から、乙第七号証の土地売買承諾書が取り交わされたのが控訴人主張のとおり平成三年中であったとすれば、手付金は、右土地売買承諾書の作成と同時には授受されなかったことになる。そして、本件において右のとおり手付金が授受されたのは、代金額を増額した前記土地売買承諾書(甲一、乙八)の作成又はそれに基づく土地売買契約書の作成と同時にされたものであると推認される。
第四に、前記のとおり、乙第七号証の土地売買承諾書によって合意された代金額は、その後間もなく変更され、当事者間で実際に変更後の代金額が授受されているが(甲三の1、2)、その変更は、変更後の代金額が変更前のそれの約四〇パーセント増という極めて大幅なものである(なお、両当事者が右代金額の変更前に履行行為と見られる行為に何ら着手していなかったことは、弁論の全趣旨に照らし明らかである。)。このように乙第七号証の土地売買承諾書が作成された後間もなく売買契約の条項中で最も重要な代金額について大幅な変更の合意がされたということは、控訴人及び八紘不動産は、乙第七号証の土地売買承諾書を作成した当時、これにより売買契約を成立させるという確定的な意思を有していたということに重大な疑問を抱かせる事情である。
第五に、本件譲渡に係る売買契約については、平成一〇年法律第八六号による改正前の国土利用計画法第二三条第一項の規定に基づく届出をしなければならないところ、乙第七号証の土地売買承諾書の第一条(一)のただし書によれば、その届出をすることが予定されている。そして、同項の規定に違反して、届出をしないで契約を締結した者は処罰されることになっているのであるから、その届出をすることを予定している当事者は、その届出をした後に契約を締結する意思であるのが通常であるとみるべきである。しかし、控訴人及び八紘不動産は、乙第七号証の土地売買承諾書によって合意した代金額による売買契約については、その届出をしていない。なお、同人らは、平成四年二月一九日に、前記増額変更後の代金額による売買契約についてその届出をし、同年三月一八日付けで不勧告通知を受けている(甲五)。
以上の諸点にかんがみれば、仮に控訴人が主張するとおり平成三年中に乙第七号証の土地売買承諾書が取り交わされたのであったとしても、控訴人及び八紘不動産には、右土地売買承諾書の作成により確定的に売買契約を成立させるという意思があったとは認め難いといわなければならない。
8 以上によれば、本件譲渡に係る売買契約は、平成四年になってから取り交わされた甲第一号証(乙第八号証)の土地売買承諾書に基づいて甲第二号証の土地売買契約書を作成し、手付金の授受をした際に、その内容のとおりに成立したものと認めるのが相当であり、したがって、本件譲渡所得は、平成四年分に帰属するというべきである。
第五結論
よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は、正当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法六七条一項、第六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青山正明 裁判官 小野田禮宏 裁判官 貝阿彌誠)